報道関係の皆様へのメッセージ

脱偏差値!「教育力」による大学評価を


●報道で変える、大学の常識――「真の姿」をすべての人に


大学入試、入学定員割れ、学部再編、就職難――
これらがテレビや紙面でよく見られる大学関係の情報です。しかし、こうした表層的なことをどれだけ追いかけても、大学の実態は見えてきません。それどころか一部の報道に至っては、もはや「広告」と大差がなく、大学の「虚像」を世に売り込んでいると言っても過言ではないでしょう。

メディアが伝えるべき大学の「実像」とは何でしょうか?それは、大学として本来の使命を果たしているかどうか、つまり、高い「教育力」を実際に行使しているかどうかということです。

現代の日本では、ほとんどの大学生が「成長しないまま」社会に出ていきます。高校までは、知識や技術の習得を通じてきめ細かい教育が為されてきました。実際、PISAのランキングで日本は世界のベスト10に位置づけられます。しかし大学になると、少なくない大学が「教育機関」とは名ばかりで、流行りのコンテンツに飛びついて集客性を上げる「サービス業」になってしまっています。(そのような大学に対しては「サービス業にさえなっていない」という厳しい評価をする人もいます。)実際、日本の大学への評価は、OECD加盟国の中で最も低いカテゴリーに属しています。

大学の本来の使命は「学問・文化の継承」すなわち「教育」です。もちろん、かつて極少数のエリートしか大学に進学できなかった時代には、大学の使命は「研究」と「研究を通じた教育」だったわけですが、2011年現在、18歳人口の半数近くが大学進学するようになり、大学の使命は「研究」から「教育」へと変わりつつあります。先端的な研究が求められるのは、1100校を超える大学・短大のうち、多くて200校程度ではないでしょうか。

それでは、「教育」の受益者たる学生にとって、「教育力」とは何でしょうか。名物先生がいること?学食が充実していること?都心に近いこと?いいえ、そんなことではありません。学生にとって「教育力」とは、入学から卒業までの「成長の幅、成長度」を最大化するものです。そして全入時代に突入した今、「成長の幅の大きさ」=「教育力」こそが大学間競争における最大の差別化要因といえます。

ところで、一体なぜ「教育力の低い大学」でもこれまで生き残ってこられたのでしょうか――そのもっとも大きな要因は、以下の2点です。

(1)大学関係者たちが「教育に力を入れても受験生は集まらない」と思っていること
(2)受験生が正しい大学選びをできていないこと


まず、多くの大学が、いくら教育力を高めたとしても、世間から評価されず、受験生の支持を集めることもできないと考え、派手な広告をしたり、目新しい学部を新設したりすることに奔走しています。「定員割れ」にならないように、必死に高い経費を割いているのです。

また、受験生の側も、何を指標に大学選びをすればいいのかを知らずにきました。「友達が行くから」とか「CMを見て知っていたから」などという安易な理由で進学を決めることもあります。もちろん高校には進路指導の先生がいますが、残念ながら、先生方のなかでも「本当にいい大学」の見極め方を知らない先生がほとんどです。

そして、もし大学の教育力を見比べて進学先を決めたいと思えたとしても、大学選びに欠かせない情報を入手できないという実情があり、受験生にとっては適切な大学選びをしづらい環境が培われてきたと言えるでしょう。

こうして大学側と受験生側の双方から相乗効果的に創り上げられたのが「教育力は物足りないが、広報は上手い大学」の繁栄です。しかし、この矛盾が維持されることの背景には、マスコミの皆さんの影響もあるのではないでしょうか。

一般的に、マーケットのルールは、以下の2つの条件で決定されます。

(1)消費者の見識の高さ
(2)目の肥えた消費者に対する情報提供


これを大学市場に置きかえると、

(1)受験生の大学選びの目
(2)大学選びに必要な情報提供


となり、この2つの条件の不備が「教育力不足」の大学の存在を許していることになります。

つまり、大学の教育の質を左右するのは、受験生の大学選びとその情報源がいかに整っているか、ということになります。本来ジャーナリズムの意義は、表層的な事実を伝えることではなく、事実の裏にある真実を掘り出し、明るみに出すことにあるはずです。

しかし、いままで大学の教育が正当に評価されてこなかったことを見ると、大学に関する報道が「十分ではなかった」もしくは「間違っていた」と考えられます。

もちろん受験生のほとんどは高校生ですから、高校の先生方にも指導責任があります。しかし、一般的な常識をつくりだすのは学校の教員ではなく、大衆に訴えるマスコミの仕事であるはずです。そして一般に「大学の教育力」が注目を浴びず、「見た目ばかりが良い大学」が選ばれるということは、マスコミが大衆相手に伝えた情報に問題があったという可能性が考えられます。

真摯な報道をされている方には、大変申し訳のない主張だと思います。しかし、良い悪いに関わらず、マスコミの皆さんがお伝えになる内容は、大学選びにおいても、その先の学生たちの人生に対しても、大変大きな影響を持つものだということを改めてご理解いただければ幸いです。


●脱偏差値!「教育力」による学校選びを


もし大学の正当な評価に協力しようと思っていただけるのであれば、マスコミの方だからこそ担っていただきたい役割があります。それは、「大学の正当な評価」をするための「基盤づくり」です。『脱偏差値!教育力による学校選びを』をスローガンに、偏差値によるランキングをやめ、教育力による大学ランキングを作っていただきたいと考えています。

これまで再三問題にされながらも、「偏差値」による学校選びは延々と続いてきました。受験生は中身を比べずに、少しでも偏差値が高い大学へ進学しようとします。しかし、現実を見ると、これは不本意入学・負け犬根性・劣等感をつくるだけの悪しき慣習になってはいないでしょうか。受験生みんなができるだけ偏差値の高い大学への進学を希望すれば、当然第一志望に不合格になる受験生が続出、結果的にかなりの学生が「不本意入学」になってしまいます。さらに受験での勝ち負けを「人生の勝ち負け」にすり替えてしまい、入学当初から学生たちがいわゆる「負け犬根性」や「劣等感」を持つことにもなります。

しかも受験時は偏差値ばかり気にして肝心の教育力にはほとんど気を配りませんから、彼らの学生生活が何色になるかは予想もできません。また、たとえ偏差値の高い大学にいけたとしても、必ずしも満足のいく教育を受けられるとは限りません。例えば、マンモス大学では誰もがゼミに入れるわけではありません。このような状況では、学業や人間関係に苦しむひとが出るのも当然です。偏差値による学校選びは、大学を不当に序列づけ、「世間体」という圧力を介して学生からさまざまな自由を奪う原因となっています。

偏差値に代わる評価軸で「正しい大学選び」をするための「基盤づくり」ですべきことは、具体的に二つあります。

はじめに、大学のオーディエンスである高校生や高校の進路指導の先生たちに対して、入試難易度ではなく、「大学の実力」の測り方を伝えます。そのもっとも適切な評価軸として「教育力」を提案し、なぜ教育力で大学を選ぶと有益なのかを理解してもらうことが肝心です。

そして次に、大学の「教育力」の評価に必要なデータを提供します。とくに重要なのは「中退率」「中退者の傾向」と「就職率(卒業生を母数に)」、そして派遣・契約社員を除いた前年度の「就職先一覧」です。これら四つの数値を学部・学科・コース別・男女別・入試形態別で提供することによって、各教育課程の「成果(アウトカム)」が比較できます。さらに、「教員対学生比」と「定員充足率」があれば、簡単ではありますが教育現場の状況が伺い知れます。

これらのデータは現在一部公開義務が課されていますが、一括で公開している場はなく、また大学によって公開方法はバラバラで、一人ひとりが欲しい情報にアクセスするのが困難な状況です。このことが改善され、全てのデータに誰でも簡単にアクセスできるように「データベース化」されれば、受験生や高校の先生たちの「大学の評価」に大きなインパクトをもたらすことは間違いありません。

「偏差値」による学校選びは、もう止めなくてはなりません。これからは「教育力」をものさしに、一人ひとりが自分に合った大学選びをしていく時代です。しかし、そのために私たち日本中退予防研究所がリーチできる範囲は、あまりに小さすぎます。「大学評価の軸を変える」という大仕事は、世間一般に強力な影響力をもつマスコミの皆さんにしかできません。また、だからこそ、この仕事は皆さんがやらねばならないことだと思います。学生たちと日本の希望ある未来のために、ともに大学業界に変革の風を吹かせましょう。その風は、教育改革に取り組む方々への「追い風」にもなることでしょう。


■活用してほしい情報


中退経験者インタビューレポート
中退白書2010
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